祖父よ、孫が来たぞ。【前編】

今年の1月のこと。

大学1年の夏頃にアルバイトからスタートし、ずっとお世話になっていたところを辞めて引っ越しをしました。

引っ越し先の場所は、一人暮らしの部屋でも実家でもなく、なんと祖父の家。

小さいころからよく遊んでいて見知った場所なので、新天地……という訳ではないのですが、やることが変わり、環境が変わり、生活習慣が変わり、苦労の連続……

でも、それもこれも、全ては祖父の為。今こそ、小さなころからお世話になった恩を返すとき……

齢23歳、絶賛奮闘中。そんなお話です。

少し長めですが、読んでいってもらえると嬉しいです。

(長くなってしまったで、前編後編で分けました。後編もすぐ上げる予定なので、よかったらそちらもどうぞ……)

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目次

  1. 祖父の家に行くことになった話
  2. 祖父の家に来た話【生活編】
  3. 後編へ

祖父の家に行くことになった話

2022年の初秋のこと。きっかけは、母親からの電話でした。

「じいちゃん、来年で作物つくるのやめるかもって」

電話は、祖父が農家を辞めるかもという内容でした。

そう、祖父は農家です。お米を作ったり、花を作ったり、野菜を作ったり、色々とやっていました。

ですが、来年でやめるかもとのこと。理由は単純、年齢と人手でした。

今までは、祖母と、忙しいときはお手伝いさんなんかも呼んで農家をやっていました。ですがここ数年、祖母の痴呆がひどくなり、とても仕事どころではなくなってしまいました。

しばらくはお手伝いさんとやっていたのですが、お手伝いさんも高齢。祖父1人での作業が増えていきました。祖父は現在82歳。年齢の割にバリバリ動いていていて元気には元気なのですが、農家は体力仕事。今まで複数人でやっていたのを1人でやるのはかなり厳しい状態に。

生活があるのでいきなり全てを辞めるわけではなかったらしいですが、年齢もあり仕事以外にも色々なことがどんどん厳しくなってきているとのことでした。そして、祖父の手伝いをしている人もいません。

正確には祖父の跡継ぎ息子、(私にとっては叔父さんですかね?)はいますが、現在は違うところで仕事をしており、現状祖父の手伝いをする予定はないとのこと。

それを聞いて悩みました。当時は、秋葉原の某ショップにて店頭スタッフをしていました。自分の趣味に関わることでしたし、仕事なので大変は大変ですが、その仕事が嫌という訳ではありませんでした。お客さんから直接お礼を言われることも多々あり、それなりにやりがいもありました。

(接客がメインで見積もりとかもそこそこ書いていたので、もしかするとこれを読んでる下さってる方の中にも私が見積もりとか接客をした方もいるかも?)

ずっとこの仕事を続けていくかどうかは分かりませんでしたが、しばらくはここで働くのかなー?なんて漠然と考えていました。

祖父が農家を辞める。いつかは必ず訪れる問題でしたが、それがこの時でした。

生まれて此の方、祖父のお米で育ってきたこの身。今後、祖父の作ったお米やら野菜やらを食べられなくなるのは寂しい……

信頼のおける親友達と相談もしました。1週間ほど悩んで、そして、決心。

周りで身軽に動けるのは自分だけだろう。なら、行くしかない!祖父の後を継ごう!

という訳で決めたら即行動、祖父に電話をしました。

「じいちゃん、孫の手はいるかい?」

祖父からは、二つ返事で了承を得ました。

大学は普通に理系の大学に行き、今まで農業に関して何かを学んできたわけではありません。ノウハウを学ぶのには時間もかかるでしょう。ましては自然相手の職業。楽なんてことは決してないでしょう。

ですが、今まで祖父がやってきたこと。できないことではない!

こうして、店頭スタッフから農家への転職が決まったのでした。

祖父の家に来た話【生活編】

(以下、ただの苦労話です)

と、まあ半分ノリと勢いでやってきた祖父の家。勿論、色々と覚悟はしましたが。

電話をしたのが10月半ばで、引っ越しをしたのが1月上旬なので大体3ヶ月ぐらいでやってきました。

爆速です。

こうしてやってきたのは築43年の住居。

祖父宅
(念のためモザイク処理された祖父宅)

引っ越してきて即お手伝い……も、あるのですが、他にもやることはたくさんあります。

片付けに掃除、料理といった家事など。

まず、祖父は片付けが得意ではありません。昔の人だからか、それとも個人差なのかはわかりませんが、衛生観念もまあ割とザル。(割とというか、かなりというか……)

自分で言うのもあれかもしれませんが、そこそこ綺麗好き。家の中の汚れやごみなどが気になって仕方がありません。

勿論、年齢もあって掃除や片付けが大変なのも承知しています。そして何よりこういう面でも手伝うために来たのです。ということで、引っ越しの片づけはそこそこに、まずは生活で重要な場所から片付けを始めました。

キッチン周りや風呂やトイレなどの水回り、よく使う部屋など、生活圏内から片付けを始めたのですが……これがまあ大変。。

長年の汚れや、他のタスクをしながらの作業でなかなか進まないのです。粗方納得できる環境になったのは1ヶ月過ぎてからでした。

そして、重要度の低い他の場所に関しては全く終わる気配が見えません。

まず主に生活する母屋が2階建て。1階が、8畳間、6畳間が2つ、応接間に祖父の部屋、台所に、居間。結構広い廊下にトイレ。計7部屋。

2階が、8畳間(新しい趣味部屋)に、6畳間、屋根裏部屋。計3部屋。

母屋だけでこれだけ部屋があります。

それに、古い家なので風呂場が別であり、そこに無駄に広い6畳間ぐらいある更衣室と溶岩石でできているらしい謎の銭湯風のお風呂場。(多分合わせて、12畳ちょっとぐらいあるんじゃないかな?)

都会なら余裕で家が2~3軒立ちそうな庭に、仕事をするための作業小屋。1階に2部屋と、2階に10畳ぐらいの部屋が2部屋。後、400坪ハウスの裏の広い空き地。

他にも農地が点々と……

まだ手入れしきれていないのでかなり荒れてますが、こんな感じ。

ええ、広いのはいいことだと思います。きっと、管理が大変というのは贅沢な悩み……

でもこれ、片付けだけで普通に1年とか2年ぐらいかかるんじゃないんのだろうか(白目)

料理、これも大変……

まず、祖父はほとんど料理をしません。

まあ昔は料理をする男性というのも珍しい?ですし、なんだったら現代でも料理をする人は限られる気がします。なのでこれは想定していた仕事の内……なんですが、1日2~3食を毎日作り続けるのってかなり大変なんですね。

想像以上に体力気力共に削られます。

朝早く起きて朝食を用意。仕事をして合間にお昼を用意。夕方は祖父の気分次第で作ったり作らなかったり。祖父も年なので食はそこそこ。年齢の割には結構食べるほうかな?といった感じなのですが、それでも、献立を考えるのが結構(滅茶苦茶)大変です。

朝食べてる時には昼の献立や夜の献立を考えてたりします。

もともと軽んじているつもりはなかったのですが、主婦業って滅茶苦茶大変なんだなーと改めて痛感。

実家にいた時に母がやっていたことは、かなりすごいことで非常に有難いことでしたね。感謝しかありません。。

(ちょっと見え張りました……毎回これは作らないです。たまにです。)

まだまだ、他にも苦労してること結構あります。

風呂場が岩石でできているので防寒性0というかむしろマイナスで冬は寒すぎてヤバイこととか、風呂以外の給湯器が壊れたまま放置されているので水しか出ないとか。

数年前に買った食洗器を持っているのですが、まさかの止水栓が見つからず1月から3月半ばまで寒い中フライパンやらお皿を手で洗っていたこととか……

(母屋の止水栓がどうして作業小屋の床下にあるんだ……)

何故か高頻度で発生する夜のトイレ掃除とか(祖父よ、暗くて見えないのなら電気をつけるのだ。。)

生えに生えまくる雑草に、無限湧きしてくる虫たち……

書こうと思えばいくらでもでてきそうなのですが、終わらなくなってしまうので一旦ここら辺にしておきましょう。

昔の住居だからなのか、敷地が広いからなのか、苦労は絶えません。

いやね、敷地が広いのはいいことだと思うんですよ。広々してて色々できますし。

(手入れは大変ですけど)

まあでも、これらを含めてサポートするために帰ってきた点もあるので、頑張るとしましょう。

今後、時間とかお金ができたら色々やりたいですね…できたら……

後編へ

まあそんあこんなで、引っ越して来たら生活も結構大変でしたという話でした。

次は農家のお手伝いのお話……なのですが、そこそこ長くなってしまった気がするので、残りに関しては、この記事の後編でということで。

すぐに上げる予定なので、もし興味があったらそちらも覗いていただけると嬉しいです。

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